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2013年09月14日

娘がくれた。。旅の余韻。。

5月の夜の東北道はとても寒かったです、、


日が完全に落ちてしまってからは、30分


しか連続して走っていられないほどでした。


 


しかも、時速100kmくらいが限界で、、


それ以上出すと寒さに耐えられなくなり


ます。。




30分間隔で休憩を取ると、かじかんで


感覚の麻痺した両手をエンジンやマフラー


で温める、、という繰り返しです。。




予定よりも超大幅に遅れてると、、どう


しても、「早く出発しなければ。。」と


いう心理が働き、十分な休息を取ること


が出来なくなるんですよねぇ。。




結局、暖を十分取れない状態で走り出し


てしまい、早めに休憩せざるを得なくな


るのです。。




一度、ゆっくり休憩を取るためにサービ


スエリアで食事を摂ることにしました。。




僕の記憶では2回目の夕食(夜食?)だ


った気がします。。




残り、まだ200kmくらいあったと思い


ますね。。




休憩するたびに娘が気を使ってくれてい


るのが有難かったです。。




食事が終わると、娘が「ちょっとなんか


買い物してくるね。」、、と言って席を


立ちました。。




戻ってくると、「お父さん、これ。」と


言うので、見ると数枚のタオルでした。。


「暖かそうなものがなくて、しかも、それ

だけしかなかったんだけど・・。」



とつづけて、僕に手渡してくれました。。




僕は、首に2枚巻き、胸に畳んだままの

タオルを2枚ほど入れました。。




温かかったです。。




何より、気持ちが温まりましたね。。




用意周到でなかった旅だったからこそ得ら


たものがあったわけです。。




有難いです。。




思いつきで行動するって、結構楽しい。。


。。なんてことを思いながら再び出発し


ました。。




いい感じでした。。




もちろん、寒さを完全に防ぐことは出来


ませんでした、でも、メンタル的な苦痛


は格段に和らぎましたね。。




最後の100kmは、おそらく時間的にも


深夜に差し掛かっていましたから、実際


には相当冷え込んでいたと思うのですが、




1時間強、休憩せずに走りきりました。。




寒さに負けずに走れた理由があります。。




娘との会話でした。。




何を話していたかは、もう全く覚えてい


ないのですが、ずっと途切れることなく


話をしていました。。




自宅最寄りのインターから一般道に降り


りるまでずっと。。




一つの発見でした。




おそらく「寒い」という苦痛を、他愛も


ない会話が和らげてくれたのでしょう。。




会話の内容によっては、多少体温が上昇


することもあるかも知れませんが、、




おそらく前者でしょうねぇ。。


 


そんな些細なことが苦境を越えるエネル


ギーになったわけです。。




娘は後部シートにいましたから、僕を盾


にして寒風にさらされることは無かった


わけですから、これは僕だけが感じたも


のです。。


 


インターから降りたことろで、僕は「も


うすぐ家や。。」、、と一言娘に言って、


会話を止めました。。




もう高速ではないので、「寒ぅ!」って


なるほど速度を出すこともないので、




ただただ、残り5〜6分を時速50km程


度で走りきるだけでした。。




無事戻って来れたことに安堵しました。。




自宅に着く残り数百メートルのところで


僕は娘に言いました。。




「お前の涙、綺麗やったぞ。。俺、今日


のことは一生忘れへんわぁ。。」




、、と。。




娘は「うん。」と返してくれました。。




家に入って、落ち着いた頃には日付は変


わっていました。。




次の日、バイトがある娘に、「お疲れ、


先に寝ていいぞ。」、と言うと、、




思いがけない言葉が返って来ました。




「お父さん、今日はありがとうございま


した。。おやすみなさい。。」




予期せぬ言葉に、ちょっとテンパった僕


は、、「あ、こちらこそありがとう。。


。。おやすみなさい。。」、と社交辞令


のような言葉しか返せませんでした。。




でも、めちゃめちゃいい気分でその日の


一日を思い出し、、




余韻を味わいながら僕も床につきました。




とても思い出深い、娘との旅でした。。




投稿インターバルが長くて、旅の発端か


ら終了(今日)まで3ヶ月以上かかって


しまい、すみませんでした。。


 




では、また。


 

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posted by えーる at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月05日

命の大切さ。。

ここのところ、娘との被災地訪問(慰霊)について


の記事を書いていますが↓


僕を動かした娘の言動。。


僕を動かした娘の言動。。(その2)。。


娘と被災地へ。。


世界一美しい娘の涙。。

被災者の方々の立場からの視界。。




、、更新インターバルが非常に長くなってしまって


スミマセン。。


 


今日は、リアルタイムなニュースをアップします。




ちょっと悲しい、、けど、とりあえず良かったぁ、、


、、ってニュースです。。


 


僕の家に2匹の猫がいることは以前のブログの通り


です↓、、が、、


今日は家の猫の話。。2匹います。。


僕を後追いする家の猫。。癒される猫との出会いに感謝。。

この時期。。猫の毛抜けすぎ。。

猫。。

キセキの猫。。?。。僕のTOPPOが。。

猫より格下の妻。。?

妻。。VS。。猫

猫との主従関係の面白さ。。

eye。。合い。。愛。。??

僕と。。猫と。。妻と。。キングサイズベッド。。



最近、メス猫の方の右目の調子が良くない状態が続


いていたのです。。




目が開かない状態です。。




メス猫の方は家の外にも遊びに出るので、何処かで


よその猫と喧嘩とかして帰ってくることは当たり前


のようにあったので、そんなときは目を引っ掻かれ


たのか(実際には分かりませんが)、、どちらかの


目が半開き、、あるいは、、開けられない、、って


状態はしょっちゅう、、ってほどではないですが、


「またか、、」、、って感じにはあったのです。。




放っておいても、自力(自然治癒力)で治ることが


常だったので、今まで病院に連れて行くことは全く


なかったのですが、、今回は、目を開けられない期


間がいつもより長かったのと、少し腫れ始めていた


ので、初めて病院に連れて行きました。。




数日前のことです。




「やばいかなぁ。。」、、って思っていたのですが、


的中してしまいました。。




先生から、「視力の回復は望めません」、と言われ


ました。。




「角膜が破れていて、中身が出ています、、手術を


すすめます、、瞼を閉じて縫います、、、膜は再生


してくれると思いますが、黒目が既に白くなってい


るので視力の回復は望めません。。ですが、片眼で


も生活上支障はないので、まずは目を保護するため


に閉じて縫う、、という手術がベストです、、膜が


再生して炎症や腫れが引いてくれば、抜糸します。


抜糸すれば瞼は開けられます、、右目は白くなって


いて、ほとんど見えないと思いますが。。」




、、という詳細でした。。




僕は先生を信じてお任せすることにしました。。




手術後も数日間入院治療するとのことだったので、


その夜猫をあずけて病院をあとにしました。。


 


翌日、電話がありました。。




「手術は成功しました。ですが、神経質で病院生活


には不向きです。興奮していまい、よろしくないの


で自宅療養に切り替えます。」




、、とのことでした。。




僕は、数日間も猫と会えないのかと思うと寂しかっ


たし、、猫の方もきっと同じ思いなんだろな・・。


って思っていたので、連絡を聞いたときは小躍りし


ました。。




僕にとって、「手術成功!」と「会える!」ってい


う喜びが同時に来たわけですから。




で、仕事帰りに迎えに行って、、無事、安堵の帰宅


。。となりました。。


 


帰宅して、今日で3日目となります。。




今のところ、異常なしです。。




夜、、僕の枕元で寝ています。。




可愛いやつです。。


 


先生に「放っておくと、ばい菌が入って、それが


脳神経に行ったりすると、命の危険もあります。」


と言われてとき、、「片眼なんてなくていいから、


とにかく生きていてくれ!」、、と思いました。。




命の大切さを、強く強く感じた出来事でした。。




「抜糸が終わるまで、仕事休もかな・・、」って


思ったくらいです。。




その猫との出会いを思い出しました。。




仕事から帰って、猫を見るとほっとする毎日です。




では、また。



 

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2013年08月29日

被災者の方々の立場からの視界。。

おそらく、20〜30人くらいの人がいたと思います。

皆、ほとんど無言で見ていました。。


でも、どうしても、気になる人たちもいました。。


彼らには、全く悪気はないのかも知れませんが、スマホ


や携帯(ガラケー)で写メを撮っているいる人がいたの


です。。


報道関係者が、その状況を多くの人たちに伝えるために


カメラに収めるのは納得できるのですが、スマホなどで


写メを撮っている人たちは、、


何か、、そう、、



僕には、彼らが半ば興味本位で来ているように見えて、


「被災者の遺族が見たら、とても不愉快な思いをする


んじゃないかな。。」、、なんてことを考えました。。




写メを誰かに見せながら、そこで自分に湧き上がった


感情を他者に伝えることは出来ないと思うですが。。




娘も同じことを思ったようでした。。




僕たち父娘は、ただただ、その光景を目に焼き付けて


帰ることにしました。。




しばらくお互い無言で走っていました。。


僕は、感情をコントロール出来ず、涙目のままバイク


を運転していました。。




涙目のまま走ると、風が当たって更に刺激が強くなる


ので、目を開けていられなくなりました。。




危険な状態で走っていましたね・・。




早めに高速に乗りたかったのですが、乗るポイントに


していたインターが閉鎖されていました・・。


 


僕たちは次に乗れるところを検索して向かいました。。




確か、小一時間費やしてしまったと思います。。




ようやく高速に乗ったものの、、暗くはなっていなか


ったのですが、太陽は大分落ちていて、高速走行だと、


その日の朝に感じた寒さに匹敵する寒さでした。。




面白いことが一つありました。。



僕は凍えるほど寒かったわけですから、眠たくなるよ


うなことはありませんでした。。




後部シートに座っている娘の重みを妙に感じるように


なって、時々「コツン。」、とヘルメット同士が当た


るのです・・。




「ん?、、お前、まさか、、寝てた・・?」、と娘に


訊くと、、娘は、「寝てた。」、、と、平然と言うの


です。。




僕は、「マジか・・。」、、とは言ったものの、、


「まあ、1回くらいはあるか・・。」、、と思いなが


ら、、「寝るなよ、、危ないから。」、と、言わなく


ても分かる当たり前の注意をしておきました。。




なんと、それが、3度、4度とあったのです。。




で、僕が、、「寝るなよ、、落ちるぞ。」、、と言う




と、なんと、娘の口から有り得ない言葉が返ってきま


した。。




娘は、「えぇ、、落ちるかなぁ。。」、と言うのです。




さすがの僕もびっくりです。。




危険察知能力に乏しいというか、、あるいは、よっぽ


ど自分に自信があるか、、あるいは、僕を信じきって


いるか、、




、、なんてことを思ったりもしましたが、、そんなに


眠たいなら僕が娘の腕をしっかり掴んでおけば、、、


僕自身は「大丈夫」と思えるので(、、これもおかし


なことだとは思うのですが・・)、、




「寝ていいぞ、、俺がお前の腕掴んでるから」、と言


ってやると、、今度はそれが逆に怖かったのか、、




「いい!、いい!、、起きてる!」と言うのです。。




娘のそれまでの言動からすると、「うん、わかったぁ」


、、と言って返すと思っていたので、ちょっと拍子抜


けでした。。




まあ、それは結果的によかったのだと思います。。


夜の高速をバイクで二人乗りで、後部シートの人は寝


ている状態って、、やっぱり有り得ないですよねぇ。。




僕はその状態でも、娘を落とさずに走る自信はあった


のですが、、予期せぬ出来事が襲ってきた場合には大


怪我どころが、死に直結します。。




被災地訪問の目的は、亡くなった方たちへの慰霊、、


、、同時に自分たちが生かされていることに対し感謝


するためにありましたから、、




僕の行動は、被災者の方々にある意味無礼だったの


かも知れません。命を粗末に扱っていた、と思われて


も仕方のない行いでしたから・・。




反省です。。




だからと言って、僕はバイクでかっ飛ばすことを止め


られません・・。




うつ病の僕にとってバイクでかっ飛ばすことは、生き


ていることを実感するためにあるからです。。




なんか、ひょっとすると、心に大きな傷を負った少女


が、、リストカットして血を見て落ち着く、、みたい


なものなのかも知れませんね・・。


 




「大人としてその行動はどうなの?」、、って疑問符


が付くことは分かっているのに、、




実際の行動を、改善していくことは容易なことではあ


りません・・。




例えば、「いつの時も正義でありたい、」、とか、



「一度決めたことはやり通す、」、とか、



「嘘はつかない、」、とか、




「善でありたい、」、と願っていても、自分の利益や


自分に近い人たちの利益を優先したり、、




人間関係を壊さないために、「こうでありたい。」と


願いながら、、実際にはそういう行動をとっていない


自分に気がつく時があります。。




でも、だからこそ、人間なのかも知れませんねぇ・・。




100%自分に嘘つくことなく行動している人は皆無


に等しいでしょう。。




でも、僕は、出来るだけ「自分に正直に生きたい。」


、、と願っています。。




なんか、支離滅裂ですが、今日はこれで終わります。




ある日の、ある父娘の長い一日は、まだつづきます。



では、また。


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2013年07月20日

世界一美しい娘の涙。。

前回のブログ↓ 
 
娘と被災地へ。。 
 
娘から予想外の言葉が返って来た

のです。。


、、というか、目からウロコ、、というか、、僕が歳をとった


、、というか、、頭が固くなった、、というか、、



娘の言葉

「え?、、行ったほうが良くない?」



「いや、ケーブルがないから・・。」



「買うしかないんじゃない?」



「ああ!!、、(買うって手があったやんか!!)」


、、ということで、ケーブルを買うべく、コンビニをiPhoneで

探したところ、近くにあったので、行ってみました。。

ところが、、「ちょっと買えないな・・。」って値段でした。。


『何でもある=コンビニ』、、と思ってコンビニを検索したの

が間違いでした。。


『100円ショップ』で検索してみると、すぐ近くにありました。


僕は外でバイクと一緒に待っていることにして、娘に買っ

て来てもらいました。。


いやぁ、、娘に再度助けられました。。(後に、何度も娘に

助けられるのですがね、、、、(笑))


、、ということで、バッテリーを気にすることなく、僕たちは

ナビを信じて目的地に向かうことになりました。。


そこから、10km強あったのですが、その道のりは交通量

が少なかったので、予想よりも早く到着することが出来た

のです。。(実際には、当初の予定より大幅に遅れていた

のですがね・・。)



土手(?)っぽい大通りを走っていました。。

大きなカーブの手前から下の方に墓標(?)、慰霊碑(?)

のようなものが見えていました。。


娘が、「ここじゃない?」、、と声をかけてくれたので、通り

過ぎることなくたどり着くことが出来ました。。


更に下の方に校舎らしき建物があり、、その建物から遠く

離れたところに数台の車が止まっていました。。


すでに車から降りて、歩いて建物の方に向かっている人

たちがいました。。


僕たちも土手(?)を降りて行き、、バイクを停めました。。

何とも言えない風が吹いていました。。


遠目で見ても、、僕たちが向かうその場所は、重々しい、、

、というか、、、悲しい、、というか・・・、、


、、とにかく、軽い気持ちで踏み込んではいけない空間で

あることが分かりました。。


僕たちは、静かにその空間に入っていきました。。


一人で来ている人の多くは、カメラを手にしていたので、、

おそらく、報道関係の人だったのでしょう。。


大多数(、、と言ってもそんなに大勢ではないですが)、、

の人は家族連れで来ていたのだと思います。。


まだ、被災のことなど全く分からない幼子を連れて来て

いる人もいました。。


僕たちは、皆が手を合わせているところへ行って、一緒

に手を合わせました。。


娘が何を祈ったのかは分かりません。。僕も娘には言っ

てないし、娘にも聞いていません。。


場所を移動して校舎の方に行くと、被災して亡くなられ

た方々の名前が刻まれた墓標らしきものがありました。


その前で、しゃがみこんで手を合わせて、長いことお祈

りをしている女性が目に止まりました。。


多分、泣いてらしたと思います。。


そこから、更に左の方にいくと、、、『何これ?!』、、と、、

一瞬とまどう光景を目にします。。


近づいてよく見てみると、、、、

無残な姿になった教室でした・・・。

(確か、黒板は残っていたような・・。)


2年前、そこは、整理整頓された教室で、、

そして、そこには元気な子供たちの声が飛び交い、、

教壇には活気ある先生の姿があったんだ・・、、


、、そう思うと、、涙が溢れてきました。。。


悔しさと悲しさの入り混じった感じの涙でした。。


ふと、娘を見ると、、


風になびいた黒髪と、瞳に光る澄んだ涙があまりにも

美しく、一瞬時間が止まりました。。


僕が今まで見た人間の涙で、一番美しいものでした・・。


不適切な表現になるかも知れませんが、、

一瞬、被災地来たことを忘れるほどの・・。



娘は泣き顔を見られるのが嫌らしく、、家族にも滅多に

涙は見せません。。


少し話がそれますが、娘の中学校の卒業式のとき、、

卒業の歌か何かを合唱するときの指揮者をやっていた

のですが、、


どちらかというと、笑顔で指揮棒を振っていたのが、何

か不思議で、、帰ってから娘に訊きました。。


僕 「何で泣かへんかったんや?」


娘 「泣くと鼻が赤くなるから嫌なの。」


僕 「そんなん気にせずに素直な心で泣けばいいのに

   ・・。」


、、と言いましたが、、、見た目を優先してしまう乙女心

も分かりました。。


まあ、そんな出来事があり、、娘の涙は、、今まで数回

しか見てなかったです。。


そして、あの日の娘の涙は、、ずっと僕の脳裏に焼きつ

いています・・。


本当に世界で一番美しい涙でした。。



まだまだ、長い一日は続きます。。


続きは、また後日アップします。。


では、また。
 
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2013年06月28日

娘と被災地へ。。

当日は、片道430km、、往復900km弱のロングツー

リングになるので、当初の予定より1時間早く、朝5時

に家を出ました。。


休憩を多く取ったとしても、お昼前には目的地の石巻

市立大川小学校に着くだろうと思っていました。。


ところが、ところが、、なかなか思い通りに事は運ばな

いものです。。


予定通りにいかなくても、本来僕は、「まあ、なんとか

なるやろ、、、命にかかわるほど困るわけじゃないし。」

、、、ってタイプなので、、トラブルがあっても、焦らない

方です。。


そういえば、出先で車が故障して立ち往生したことは、

過去に何回もありました。。


車は、ブレーキとハンドルさえ効いていれば、大事故

にはならないです。。


故障して、エンジンが止まったり、エンジンは動いてる

けど、走らない、、、ってなっても、、、焦る必要はありま

せん、、、動かなくなるだけですからね。。つまり、走っ

ていたら、、完全に止まるまで安全な所に惰力を使って

走らせて止めればいいのです。。


そして、ロードサービスに電話すればいいのですから。


一台の車が完全に道を塞ぐとしたら、よっぽど狭い道

です、、そんなところめったにないですからね。


、、、ということで、車については、完全に整備されて

いなくても、つまり、、、実際不調な状態が続いても、、

「その状態でベストな、、いや、ベターな運転をすれば

いい、、」、

、、って感じです。。


車検を通したばかりでも、、例え、新車でも、故障する

場合はあるのですから。。


中古車愛好者の僕らしいでしょう、、、?、、↓

車のこと。。
 
 
さて、、話を戻しまして、、

予定通りにいかなかった原因として、、予想外に寒か

ったた、、というのがあります。。


これによって、速度を上げることが出来なかった上に、

多めで、長めの休憩を取らなければならなかったこと

です。。


後部シートに乗っている娘は、寒さを感じなかったの

で、何よりでしたが、、


とにかく、、寒かったです。。

予定より1時間早めに出たことが、裏目に出てしまい

ました。。


裏目、、というか、、悪いのは僕のツメの甘さですね。。


まあ、、そんなわけで、早く出た意味があまりない程

大幅に遅れてしまいました。。


iPhoneのナビアプリを使って、、石巻市立大川小学校

を目的地としてルート検索した通りの道のりを行ったの

ですが、、、


目的地付近になっても、、「あれ?、、なんか、、この

辺って、、被災地、、って感じがない・・。」、、って不安

に思いながら走っていました。。


そして、「目的地に到着しました。」、、のアナウンスを

イヤホン越しに聞いたのですが、、その地はネットで見

たところとは全く違ったところでした。。


確かに目の前には小学校はあるのですが、、校舎は

しっかりしていましたし、、、付近を見渡しても、、とても、

被災地とは思えませんでした。。


僕の情報入手不足でした。。


そして、娘がいいサポートをしてくれました。。

ウィキペディアで調べてみると、、大川小学校の生徒で

幸運にも助かった子供たちは、、飯野川第一小学校に

通学している、、とのことでした。。


つまり、僕が最初に目的地として訪れたところは、飯野

川第一小学校だったわけです。。


本来の目的地が、その飯野川第一小学校から近けれ

ば良かったのですが、、ルート検索すると、12kmもあり

ました、、、高速道路なら12kmくらいなら、あっという間

なのですが、、一般道ですし、、ナビを見ながらなので

30分くらいかかる、、と思いました・・。


しかも、「そこが、本当に目的地なのか・・?」、という不

安もありましたから、、僕は悩みました。。


予定より大幅に遅れていたので、日帰り出来ない可能

性が出てきたことと、iPhone用のモバイルバッテリーは

持ってきたのですが、充電ケーブルを忘れて来てしまっ

たのです。。


帰りのナビのためにバッテリーを残しておくことを考える

と、、「そこから更にナビを使って、行ったことのない所に

行くことは出いない・・。」、、、、と思いました。。


前に、娘にメールした、「お前(娘)を無傷でお前の生き

ていく世界に戻す。」、、↓
 
僕を動かした娘の言動。。(その2)。。
 
という責任の方に重きを置きました。。


元々、日帰りツーリングでしたから、宿を予約していませ

んでしたし、、まだ5月でしたから、東北の夜はとても冷

えることは容易に想像できましたから、、娘を野宿させる

わけにはいきませんからね。。


僕は、バッテリーがなくなることと、モバイルバッテリー

はあるが、充電ケーブルを忘れて来てしまったことと、、

目的地に着けたとしても、帰りは路頭に迷うことになる

危険性が高いことを伝え、、


「残念だが帰ろう・・・。」、、と娘に言いました。。

乗りたくないバイクに乗せられ、無理に僕に付いて来て

いる娘をホッとさせてあげよう、、、

、、という意味も含めてそう言ったのですが、、


娘から予想外の言葉が返ってきました。。



つづきは、また後日、、書きます。。



では、また。
 

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2013年06月15日

僕を動かした娘の言動。。(その2)。。

先日のブログ↓のつづきです。。 
 
僕を動かした娘の言動。。
 
車に乗り込んだ娘は、こんな話を始めました。。


「就活解禁時期が私たちの代から3年生の3月になるん

だって。。それまでは、3年生の12月だったのにぃ。。」


(この話、、実際には、2016年卒、、つまり、、今、新

2年生に当たるらしく、、娘の次の代、、ということです。)


つづけて、

「「私たちの代って、ついてないよねぇ・・。」、、って話に

なってたんだぁ、、、、ネットでも話題(?)になってるんだ

よぉ。。」


「○○年の○○の時には、○○(事故、事件、震災など)

があって○○(イベント的なこと)が自粛ムード。。」、、と

いう内容の話でした。。


僕は、、「ああ、、そういえばそうやな。」、、という返しで、

特に気にもせず帰宅したわけです。。


で、夜も遅いので、帰宅するとすぐに、僕は、、


「先に寝るから、電気とか、ちゃんと消して寝るようにな」

、、と声をかけて床につきました。。


翌朝、娘は、「昼頃に家を出ればいい。」、、とのことだっ

たので、、無理に起こさずに僕たち夫婦はいつもの朝を

過ごして、仕事へと向かいました。。


僕が違和感を感じたのは、通勤途中でした。。

どこか、気が沈むような不快な感覚でした。。


その理由(原因)にたどり着くのに時間はかかりません

でした。。


社に着くまでに、はっきりと分かりました。。

そして、それを解決する方法を模索して、一日を過ごし

ました、、(もちろん、仕事に支障のないように)、、


帰宅したら、娘が書置きを残していました。。


その僅かな文面から、娘の人としての成長が伺えました。 
 


さて、僕が覚えた不快感と、その解決方法は次に記す、

僕が娘に送ったメールの内容でご理解頂けると思います。





長文だ、しっかり読め。

流すつもりでいたが、やっぱり流せなくて、ずっと

頭にあるのでお前に協力してもらうことにした。


先日、こっちに帰って来たとき、俺らにお土産を

買って来てくれたこと、

それを思うと、0時帰宅を1時に延ばしてやらず

にはいられなかった。


さらに、「迎えに行くから電話しろ」とメールを送

ると、確か、早めに電話くれたよな、、「お父さん、

もう、寝る時間だったよね」、、と。。


バイトも頑張ってる、もちろん、勉強も頑張ってる、

、旧友との関係もいい感じに保ちつつ、さら交友

関係を広げ、いい大学生活を送ってるのが分かる。


ただ、気になる点がある。


もちろん、お前としては、単なる話題として上げた

ことだろう、、

友達の間でも、悪気なく単に話題にのったのだろ

うが、、

「自分の学年は、ついてない、、」、、という内容

の話題の中で、、

「震災があったから、卒業式(か入学式)が自粛

ムード、、」、って感じの発言があったよな。。


俺も、その時は、特に何も感じず、ただ話題を聞

いただけだった。。


違和感に気づいたは翌日だ。。


何か、不愉快な感覚がある、、と。。


東日本大震災では、亡くなった人が沢山いる、、

まだ、見つかってない人もいる、、

お前らが感じる「ついてない、、」って感覚を、もう

その人たちは感じられないんだ。


俺は、「なんで、あの時、すぐ叱れなかったんや、

、」って反省した。。


帰宅して、お前のメモ、、

「お父さん、昨日は起きててくれて迎えに来てく

れてありがとう。

お母さん、ご飯とか色々用意しといてくれてあり

がとう。

いってきます!! 」


いい子に育ったなぁ、、というのが正直な感想、、


色々考えた、、


お前に反省を促せなかった俺が悪い。。

だから、俺だけでも、未来を断たれた人たちに

手を合わせに行こう、、


いや、俺は、それでもいつか、後悔する、、

やっぱり、お前がいなければ駄目だ、、

お前と一緒じゃなきゃ意味がない、、


、、という結論に達した。。


だから、行くぞ。

石巻市立大川小学校まで、、片道430kmを

バイクで。。


お前のために、車で、、とも思ったが、、連休

で渋滞が予想される、、


いや、バイクで行くことに意味がある、、車の

中じゃ、ただの旅行だ、、


怖いだろうが、生きてることを実感しながら、

俺に掴まってろ。


そして、俺を信じろ。


命をかけて、お前を無傷でお前の生きていく

世界に戻す。


お前をバイクに乗せるのは、多分、これが、

最初で最後だ。


お前自身と俺のために、、


そして、被災地、被災者のために、

手を合わせ、何かを感じて帰って来よう。。


○○日は、朝6時頃出発する、、前夜にはこっち

に帰って来い。


因みに俺は、俺が許せなくてモヤモヤしてる

だけだ。


お前は気にするなよ、、



最後まで読んだら、

「わかりました。」と一言だけ返して来い。


寝てたら明日朝でいいぞ。
 
 
 
 

以上が僕が不快感の理由が分かってから、、数日考え

てから娘に送ったメールです。。


送ったのは、深夜だったので、翌朝、娘から返信が届き

ました。


一言、、、「わかりました。」、、、と。。



そして、当日、、僕にとって(おそらく娘にとっても)一生

忘れられない思い出の一日となりました。。


その詳細は、、また、、後日アップします。。
 
 

では、また。

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2013年06月06日

僕を動かした娘の言動。。

前のブログで「僕に被災地に訪れる機会が与えられた」

、、ということを書きましたが、今日はその経緯と詳細を

アップします。。


それは、娘のある言動がきっかけでした。。


娘は大学生になってから一人暮らしを始めており、2年

が過ぎました。。


長男坊、次男坊も既に僕たち親元を離れて暮らしてい

ます。。娘は彼らより比較的僕たち(夫婦)の近くにいる
 
ので帰ってくることも多く、、僕とよく話をします。。


電話でも、話題に欠くことはなく、気がついたら数時間

が経過していることがよくあります。。気が合っているの

でしょう、、、↓   
 
代わりに出た電話で長電話。。
 
職場で、娘くらいの歳の女子に、「お父さんと話する?」

って訊いても、「話することないし、話題が合わないから

しない。。業務連絡くらいかな・・。」、、という返答が多い

ですね。。


「大事に育てられたはずやぞ、たまにはお父さんに何か

相談とかしてみれば?」、、って言ってみますが、、

「そうですね。」、、という良い返事は返ってきません。。


まあ、色々な父娘の形がありますから、他人は他人、、

家は家、、ということですね。。


娘と会話がない父親が不幸だとは思いませんが、僕は

娘とよく話が出来て幸せです。。


以前、ブログで、3人の子供は僕にとってどんな存在な

のか・・?、、という内容のものを書きました。。↓
 
僕にとって子供たちの存在とは。。
 
ので、、それを読んで頂くと、僕の子供たちへの思いが

よく分かると思います。。


で、話を戻します。。


僕を動かした娘の言動についてですが、、、その日、、

娘は地元の友達と会うために帰省していた(、といって

も、僕が仕事から帰宅したときはいませんでした)ので

すが、、


自宅には、何処かに旅行に行ったときのお土産がテー

ブルの上に置かれていました。。


「親に土産をさりげなく買って帰ってくる気の利く娘にな

ったか。。」、、なんて思いを抱き、僕たち夫婦は、娘が

帰省していても、いつもと変わらない時と過ごしていま

した。。


妻の方は、「夕食はどうするんだろ。。?」、、

、、なんて心配をしていましたが。。


まあ、それは、メールで確認して「友達と食べるから。」

、ということで、僕たちは、いつもの気楽な夕食の時を

過ごしました。。


娘からのお土産はマグカップでした、、その内の1つが

破損していたので、、「俺が直すから」、、というメール

を送ると、「よろしくお願いします。」、、という返事がすぐ

に返ってきたので、僕は出来るだけ綺麗に直そうと思い

ました。。


やはり、気持ちがあって買ってきてくれたものですから。


で、(なかなか、「娘の言動」、、に話が進まなくてすみ

ません。。)


娘が帰省している時の心配事は、地元の友達と遊んで

いるので、帰宅が遅くなることです。。

地元だからといって、深夜帰宅は安心できません。。


不思議なもので、親元を離れて暮らしているわけですか

ら、何時に帰宅しているかは、、僕は知らないわけです。


それでも心配はしないのですが、でも、地元に戻って来

ていると、ちゃんと帰宅するまで心配です。。


なんか、変ですが、、しょうがないです、、心配なんです

から。。


一人暮らししているところに固定電話はないですから、、

何時に帰宅しているかを確認する手段はありませんし、

あってもしないでしょう。。


心配したらキリがないですからね、、


でも、、自宅に帰ってくる、、と分かっていたら、流石に

帰ってくるまで心配です。。


で、メールで「○○時までには帰って来い」、、と送った

ら、「了解」、、とすぐに返ってきました。。


でも、僕は、○○時に一人歩きは危ないなぁ、、と思い、

「迎えに行くから、帰る、、と決まったら電話かけてこい」

、、と送信すると、、「了解」、、と返ってきました。。


で、しばらくすると、電話がかかって来て、、


「お父さん、もう寝る時間だよね、、帰るね。」、、と娘。


「お、おう、、じゃあ迎えにいく、、どこや?」、、と僕。


、、というやり取りがあり、、

車で娘を迎えに行きました。。


駅のロータリーで待っていると、遠くに娘の姿を発見。。


階段を少し急ぎ足で降りて来て、、「ありがとう。」、、と

車に乗り込む娘。。


で、帰宅途中の車中での会話で、娘が行った一言が

僕を動かしたわけです。。




すみません、、それは、次の機会にアップします。。


(ちょっと、疲れて来ました、、書きながら寝ていました)



では、また。
 

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posted by えーる at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月20日

着実に。。自己実現に向けて。。

前回のブログで ↓
 
 忘れてはいけないこと。。


「何故、僕が被災地に訪れることになったか、、、そして、

その日の詳細、、は後日アップします。。」、、と締めくくり

ましたが、、


その件は、更に後日、、改めてアップします。。


今日は、前に、書こうとして書いていない記事を書くこと

にしました。。


以前、『夢が増える』、、というブログをアップしました ↓
 
 夢が増える。。


が、、その内容は、10代の頃に乗っていたバイク(もう、

当然新車は売られていません)にもう一度乗りたくなって

中古バイク屋さんに、探してもらっていまして、、


依頼をかけてから、3ヶ月してようやく昨年末に手に入れ

ることが出来まして、、


良質なタマが減って来て2ストのバイクだったので、年内

は無理だろう、、、と思っていたのですが、、運良く手に

入ったのですよね。。


そのバイクは、僕が乗っていたものと、ほとんど変わら

ないカラーリングで、、しかも、前のオーナーさんが大事

に乗っていたらしく、、弱い部分を強化してありました。。


んで、、そのバイクで日本中を走り回りたい、、という夢

が一つ増えました。。という内容だったのです。。


で、実は、その夢の実現に向かっています。。


今春、3月に次男坊(高校球児)の関西遠征がありまし

て、、僕は妻を後部シートに乗せて、そのバイクで兵庫

まで行ってきました。。


宿まで片道600km以上ありました、、残り、100kmの

地点から雨に見舞われ、、凍える思いで宿に到着。。



雨は予想外(天気予報が外れました。。)、、だったの

ですが、、でも、もっと予想外だったことは、、疲労感が

ほとんどなかったのです。。


『うつ病』になって、、「もう、バイクには2度と乗れない」

、、と思っていた頃もありました。。


それが、「バイクに乗ると気分は高揚するけど、その後

の疲労感がキツイ。。」、、という頃を越え、、


今では、600kmを走っても疲労感をほとんど感じること

がなくなるほど、僕の心は回復したのでうよね。。


もちろん、薬を飲まないと気分は悪くなるし、首周りが

とても重たくなります。。


ですから、決して完治したわけではないです。。薬を飲

んでいても、、辛くなるときはありますし・・。



でも、僕が今感じていることは、、

『夢』や『希望』を持つことは、やっぱり、人が生きていく

上で必要なものなのだ、、といういことです。。


今はまだ無理だけど、、いつかきっと、、という気持ち、

、、とても大事ですよね。。


かつて、『授かったもので満足しなければ、人は幸せ

になれない』、、という内容のブログを書きました ↓
 
 授かったもの。。

 
授かったもので満足しなければ、、、というのは、、
 
与えられた時間と人間関係のことを書きましたが、、
 
 
 
さらに、付け加えるならば、、


与えらた時間と人間関係の中で、夢や希望を持ち、
 
それに向けて努力した上で、、それが自分に与えら
 
れたもの(結果)なら、、
 
 
それを素直に受け入れなければ、人は幸せにはなれ
 
ない、、、、ということになります。。



いやぁ、、、こんな日が来るなんて、、、

あの死にかけた経験はとても大きく、、僕の道におい

て、『恥』や『迷い』や『後悔』というものを拭い去って

くれました。。


今までの道(過去)はもちろんですが、これからの道

(未来)においても。。。。。。



生死を分ける、危険な経験って、、何%の人が経験す

るんだろ・・。。


全ての人が経験するわけではありませんよね。。

つまり、経験者は、ある意味で選ばれた人です。。


何か、そこに、特別な理由があるのかも知れません。。


僕は、そういうところに意味を持たすことにしています。

その方が人生楽しい(?)ですから。。


「結果には必ず理由がある。」、、と思います。。


何かに失敗しても、、それを恥じることもないし、悔やむ

ことも、迷うこともありません。。


その失敗には、その先の成功(幸せ)に繋がるための
 
理由があるからなのだ。。。と思うことにしています。。
 
 

でも、まあ、良い結果の後に悪い結果が来る、、という

こともありますけどね・・。


『人間万事塞翁が馬』

『禍福はあざなえる縄のごとし』



昔の人は、上手く言ったものですね。。


とりあえず、無事に600kmをバイクで往復出来たこと
 
は大きな大きな一歩でした。。


一つの幸福を得ました。。


辛い時間が長った僕には、、最高のひとときでした。。



では、また。。


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2013年05月11日

忘れてはいけないこと。。

2011年3月11日、東日本大震災によ、多くの尊い命

が奪われました。。


当時、僕が出来たことは、自分の家族や親戚、知人の

安否を確かめたことと、、その後の動向を見て、落ち着

いた頃に、子供たちにメールをしたことぐらいでした。。


「おそらく、学校で義援金を募るだろうから、気持ちだけ

でもいいから、必ず募金しろ、、金額の問題じゃない。」

、、と。。


僕自身は、職場で募金を募っていたのですが、、実際

には、職場では募金しなかったような気がします。


「個人的に直接何か出来ないか・・。」、、と考えたから

ですが。。


TVで、「義援金が多く集められる」「ボランティアも続々

被災地に駆けつけている」、、という内容の報道がされ

ていましたが、、、


しばらくすると、「実際には義援金は使われていない」

「ボランティアも、返って被災地に迷惑をかけるケース
 
もある」、、という報道が耳に入りました。。


「ん?、、何でや?、、それじゃあ、意味ないやん!」

、、と思ってしばらく静観していました。。


復興に向けて、義援金をどのように使っていくか、、、

、というシステム作りがなかなか出来ないことが原因

、、、のようなことが言われていたと思います。。


その頃、政権は確か民主党が握っていたはずですが、

上手くいかなかったようですね・・。


そんなことでしたから、、僕は、「募金はいつでも出来

るから、他のことで被災地が復興するための何かが

出来たらいいな、、」、、なんてことを思っていました。。


結局、僕は、子供たちにメールしただけで、何も出来

ないままでした。。


あっという間に2年が過ぎてしまいました。。


そんなある日、ある出来事で、僕は被災地に赴くこと

になりました。。


神が、僕に与えてくれた機会でした。。

、、と僕は思っています。。


実際には、僕は被災者の方々や被災地に対し、何の

力にもなれてはいないのですが、、


それでも、僕は、「僕に出来ることをした。」、と思って

います。。



何故、僕が被災地を訪れることになったか、、、
 
 
そして、その日の詳細、、(色々ありました)、、、は後日
 
アップします。。

 
 
では、また。


 

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2013年05月08日

自尊心よりも遥かに大事なものを知れば。。

自尊心を傷つけられた場合、大多数の人は怒りを現わ

にすると思いますが、、


中には、ぐっと我慢する人もいます。。


また、ぐっと我慢している、という素振りも見せず、平静

を装う人もいます。。

内心、腹わたが煮えくり返りそうでも・・。


先日、たまたま他人(2人)の会話を聞いたのですが、、

こんなことを言っていました。。


一方の人が、、

「俺はプライドを傷つけられたら、老若男女を問わず、、

容赦しない、、、場合によっては殺す。」


これを聞いたもう片方の人は、、

「まじ?、、いくらなんでも殺すまではいかないだろ?」

、、と聞き返しましが、、


その人は、、

「いや、本気で殺す、、俺は殺せる。。」

、、と言うのです。。


たまたま耳にした会話でしたが、その「殺す」、と言い

放った彼の語気は強く、、本気のようでした・・。


さらに、聞いていると、、


「俺、女の髪掴んで、ぶん回したことあるし。。」

、、と武勇伝のように語っていました。。


僕は、、「ああ、、この歳になってそんなことを恥とも思

わずに語れるのかぁ、、あかん、こいつ、アウトや・・。」

、、と思いました。。


プライドが高いことが格好良いことだ、、とでも思って

いるのでしょうか・・。

他人に自尊心を傷つけらても、自分に自信があれば

何てことないのに・・。


、、そんなことを思いながら聞いていました。。


殺さなけれが収まらないほどの怒りは、、最愛の人を

殺された時くらいにしか起こらないと思うのですがねぇ。


怒りはあったが、殺す気は無かった、、でも怒りが収ま

らず暴力行為によって殺してしまった・・、、ということは

あるかも知れませんが・・。


自尊心なんて、、自分の子供の幸せに比べたら、比較

にならないくらい取るに足らない、小さなものです。。


、、ということをその人はまだ知らないのですよね。。


自尊心がある、、ということは、大事なことです、、、人

ですからね。。


でも、それを傷つけられてもどっしりと構えてられる自信

も必要です。。


僕は、子供たちの存在によって多くの自信を得ました。。


もちろん、それだけではないです、、子供たちと一緒に

過ごして来た道には、色々な出来事があり、、それらが

僕に自信を与えてくれたのだと思います。。


、、と僕は思っているので、、その人にこう言いました。。


「早く、結婚して子供を育てた方がいいよ。」、、って。。

 
 
では、また。
 
 

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posted by えーる at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする