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2016年02月07日

『子育て』の終わり。。(続き)

前回の続きです

僕にとっての『子育て』の終わりとは、、

行き着いたところは、、というと、、

子が親になり、今の僕と同じような思い、つまり、自分のとっての子育ての終わりについて考えるようになった時、とすることにしました、、、

確実に、社会人としてはもちろんのこと、人としても、親としても成長しているはずですからね、、

ただ、そうすると、僕の子育てはまだまだ終わらない、、ということですよね、、

経済的支援は必要なくなりますが、これから子ども達が更に成長していく上で必要な情報を提供したり、相談に乗ったりしながら、

最も近しい先人として、彼らの人生をサポートして行こうと思います

基本は、『干渉せず、そして放任せず』です

社会人1年生2年生なんて、まだまだ未熟です 

自分のその頃を振り返ると、ガキもいいところです

50年以上生きて来て、やっと、人としてまだまだだなぁ、、と思っている僕ですし、

生きていることだけで苦しかった、自死の念慮を抱いていた期間を乗り越えた現在でも、

まだまだだなぁ、、って思ってます

最近よくニュースで、普通の子が、普通の大人が、大した理由でもないのに悪に染まる話題を耳にしますよね、、

法的に裁かれなければいけない程の犯罪に手を染めてしまう、、

そんな事件が、普通にテレビから流れて来ます、、

ストレス社会になってしまったことが大きな要因でしょう、、そしてストレスを解消する手段や方法が多様化して、それを容易に実行に移せる世の中になったということが、その背景にあると思います

だからこそ、社会秩序を守って生きていく上では、自分の精神をコントロールすることが、とても重要な鍵を握っています

そして、これからの若者達に、そのことを習得させていくことが、先人の役目の一つとして大切なことだと思います

社会に出でしょうも、先輩達の指導を受けるのは、その大半は仕事に関することです

人との繋がりが希薄になってゆく世の中、、

人間形成まで含めた指導を会社ぐるみで取り組んでいるところは、めったにありません

利益追求を最優先してしまうのが、企業組織ですからね、、

人間は、色んな分野で、発見や、研究を重ね、新しい物をどんとん造って来ました

倫理問題に触れることも増えました

もう、何でもあり、、というか、、人間が自然界で生かされていることに対して、

なんか、無視してるかのよう、、


僕が100年後の人間たちの事を考えるのは、無意味なことかも知れませんが、100年後も200年後も、僕の遺伝子を受け継いだ者たちがいると思うと、少しは考えてしまいます

どんな世の中になっているのでしょうね、、

『子育て』の終わり、、というものを考えている内にこんなことまで考えてしまいました、、

とにかく、僕のにとっての子育ての終わりは、

子が親になり、今の僕と同じように子育ての終わりについて考えるようになった時、とすることにしました

では、また。



posted by えーる at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月30日

子育ての終わりとは。。

親として思うこと

親の責任はいつ解かれるのか。。つまり、子育てはいつ終わるのか。。ってことを、最近考えるようになりました

、、というのも
3人の子供のうち、上2人は社会人になり、まあまあな会社で、まあまあな給料をもらい、一応、それぞれ、これからの人生を考えながら生きて行ってるのが、感じられるようになり、

また、今春から3人目が浪人生活を経て大学生になり、そして、大学での目標も、更にその先も彼の中では決まっているこということで、僕の子育ては終わりに近づいてるんだなぁ。。

って思ったからです

でも、実際、子育てっていつ終わるのか、、って考えると

子育ての目標地点は『親の力を借りることなく生きていける存在にすること』ですから、単純にこのことだけを考えれば、社会に出した時点で子育ては終わることになるはずです

でも、少し深く考えてみました

『親の力を借りることなく生きていく』というのは、経済的な面から言われることが一般的でしょうが、金銭的な支援はある意味で側面でしかありません

確かに、親が子供に出来ることは、子供が大きくなるに従い、出資の比重は大きくなっていくように感じます

大学生で親元から離れて一人暮らしさせている場合がそのいい例ですよね、、

でも、、、親がそういう風に感じてしまうだけ、、あるいは、そう感じたいだけなのではないでしょうか。。

金銭的比重が大きくなる、つまり、『お金を出してやること』が親として出来る子育ての最終段階の行動。。

果たして、そうでしょうか。。


この見解は価値観というか、子どもの育て方、また、その考え方に左右される、ということです

子はある程度大きくなったら、自分の力で自分の世界を広げながら色々経験して、失敗して、反省して、前に進んで行く。。親の力を借りず。。

失敗せずに進んでいくより、失敗から学んで進んでいく方が、人は成長するし、後々に遭遇するであろう困難を解決するスキルと、根性というか、精神を培うことになりますからね

だから、子の成長に伴い、手を掛けることを減らしていくことになる。。

そして、子は『親にサポートしてもらってる』という意識が自然に薄れ、親も『サポートしてる』っていく意識が薄れる

何かあった時だけ助ける。。という感じに。。

この時点での『助ける』というのは、親だから、ということではなく、先人として、、という意味合いが強くなります、、

そういう親離れ子離れが理想形でしょう。。

そして、これは、一つの教育方針です

正解、不正解は、その後に分かることなのかも知れませんね。。

先述の通り、見解は価値観、子どもの育て方、また、その考え方に左右される訳ですからね。。

ただ、一つ言えることは、過保護も、放任も人を育てるいう観点からすると決していいことではない、ということです

僕のとっての生きることの意味の中に、人を育てる、ということがあります

これは、自分を育てることに必ず繋がりますから、僕の生きる意味の大半を占めることになります

自分は死ぬ間際まで成長すると信じてますから

ということで、とりとめのない話題でしたが、

『子育て』というカテゴリーで、子どものことはもちろんですが、僕自身がもう子に伝えることはないな、、お互いに成長したな、、と思える時を、僕の中の『子育て』の終わりとすることにしました

そこで、行き着いたところは、、



長くなったので、続きは次回に。。

では、また。











posted by えーる at 08:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月15日

医療に求められるもの

知人が癌治療を始めて1年が経ちます、、
現代では癌に対する認識が、昔のように、死に直結している、、って感じは薄れているような気がします

良いことです


医学の躍進により、限局されたもので、早期ならかなり高い確率で根治出来るようになってますし、進行していても、色んな治療方法が進歩しているので、根治していなくても5年、10年と、長い年月生存している方はいらっしゃいます、、

また、最近では、癌は大きくならなければ治療する必要はない、、という見解を持っているドクターもいると聞きました、、

癌は、元々は自分の細胞です

何らかの理由で悪性化してしまったものです

良性化しなくても、それ以上悪化しなければ取り除かなくても、共存していける可能性はある、、という考え方でしょうか、、

辛い治療で心身を疲労させてしまうより、経過観察で様子を見ながら、、って方法は、罹患している人の生活の質を重視する考え方です

癌は恐れなくてもいい、、って時代はそんなに遠くないかも知れません、、

色んな選択肢があっていいと思います、、

身体が病んでいても、心が病まなければ、人は充実した日々を送ることが出来ると思います

でも、、それは、難病の原因を解明したりするのと同じ様に凄く難しくことなのに、医療が進歩した現代においても、その部分は罹患している本人任せにしている感があるのが残念ですね、、

医療が病と戦っている人のためにあるなら、そこの部分も一緒に進歩して行ってもらいたいですね

進んでいないとは言いませんが、追いついていない様な気がするのは私だけでしょうか

では、また。




posted by えーる at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月21日

本音の『社交辞令』。。

『社交辞令』はウキペディアによると以下のように記されています。




『社交辞令(しゃこうじれい)とは日常から行事、風習などといったあらゆる場面での人間付き合いにおいて、物事を円滑に進めるために発言することが望ましいとされている挨拶や相手を誉める言葉。これは行うことにより相手に対して本音を言っている場合と、止むを得ずであったり利益のために相手に対して不本意や偽りの態度をとっている場合とが存在する。2010年には深く考えずに軽い気持ちで相手を誉める傾向が強いという社交辞令女子なる女性が増えていると報道された。』

社交辞令は、対人関係においてトラブル回避のために、見かけ上、友好的、好意的にやり過ごすためにあるもので実際は本心でないもの、、

というのが僕の認識でしたから、

長〜い間誤認していた訳ですね。。

本音の場合もある、、そうです。

でも、大体は悪い意味(どちらかというと本音じゃない)で使う場合が多いでしょうから、

『社交辞令』を受けて、もしも相手からの言動に本音を感じた場合は、

『本音の社交辞令?』と、、確認しなければならないのでしょうか、、笑?

でも、相手に『社交辞令』に本音の場合もある、、という認識がなければ、

『ん?、、本音の社交辞令?、、この人何言ってるの?』、、てなりますね、、苦笑

一般的には、社交辞令は本音でない場合を言うわけですから、本音かどうかを確認するのは『この人頭おかしいのかな、、、?』て思われますから、やめておいた方が無難ですね、、

人間関係で必要な明らかな嘘、、

明らかだから、許される嘘なんでしょうね、、

「人間の裏表に虫唾が走る」と言う息子には、『社交辞令』は当然許せないことです、、


彼に足りないのは柔軟な心、、

僕はとりあえず、ウキペディアを読んであげて、

『本音の場合もあるよ』と教えてあげました。。

まだまだ多感な十代、、しなやかな心になるように育てて行こうと思います。。

では、また。










posted by えーる at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月02日

決意の夜。。

『動物と違って人間は純粋じゃない』という息子

息子にとって『悪人』とは『自分の心に正直に行動しない人』らしい。

『良い行いをしよう』と思って良い行いをするのはもちろん『善』だが、

『悪い行いをしよう』と思って悪い行いをするのも『善』に値すると言う。

後者を『善』と捉える彼には、彼なりの理由があった。

人間の裏表が虫唾が走るほど嫌いらしい。

なんとも彼らしい理由だ。

ただ、人として人の中で生きて行かなければならない以上、彼のその考えはその後の人生のにプラスになるとは思えないので、僕は父としてしっかり指導していく。

そんな会話を息子とし、心に決めた夜だった。

では、また。







posted by えーる at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月16日

息子との会話。。一致した考え。。

息子『俺、○○と別れたわ』

僕『そか、お前が選んだ道やな、大丈夫か?』

息子『うん、手紙も書いたし、踏ん切り付けないと、今、1番大事なのは勉強だし、今のあいつは、俺の状況より自分の気持ち優先してる感じだし、邪魔してるとしか思えないから』

僕『そのことに自分で気が付かないと意味がないから静観してたけど、そうか、やっと気が付いたか、これからお前の本気を見せてもらえるってことやな』

息子『俺はいつも本気だけどね 笑』

僕『甘いけどな 笑』

息子『それも分かってた 笑』

僕『まあ、受験勉強は孤独との戦いや、ストレス溜まって来たら遠慮なく言え、要求に応えてやるから』

息子『うん ありがとう』

↑これが、昨年度末の僕と息子の会話です。

それから数カ月後、偶然二人は再会する、、、

息子が人伝いに聞いたことを本人(元カノ)に確認することから会話が始まった、、

息子『よう、久しぶり、俺のこと1年しか待ってくれないんだって?』

元カノ『1年も待ってるか分からないよ、2年目は私から動くし』

というやりとりがあったことを僕に話してくれました、、

僕『「2年目は私から動くし」、ってのは、お前が2浪目に突入するってのに元カノから(また付き合おう!って)お前に告るってことか?』

息子『んな訳ねーじゃん、あいつだよ、他の男んところに行くって意味でしょ 笑』

僕『そか、じゃあ落ちた場合、2年目のモチベーション保つのキツイな?、1年でなんとか受からないとな』

息子『うん、だから言ってやったぜ、「あと7ヶ月待ってろよ、ちゃんと俺が告ってやっから」、ってね 笑』

僕『お、 かっこいいやんけ 笑』

数年前、
『女なんて、裏表があって信用出来ない、男に気に入られようとしてるのが丸見えで気持ち悪い、バカでブスばっかだし』ってよく言ってて、全く女を相手にしてなかった息子が初めて認めた娘。

面白いのが、中学3年の頃、『お前、どんな娘がいいねん?』て尋ねた時、『やる気のない子、静かな子、ほっといてもいい子、必要なことしか話さない子』て即答してたんだけど、

その元カノは真逆、、 笑

息子曰く『人を好きになるのに理由はないと思う』だって。。笑

僕もそう思います、、
『◯◯だから好きになった』、というなら、もしもそのその理由が無くなったら好きじゃなくなるということになる。

お金だっり、健康だったり、ルックスだったり、優しさだっり、価値観だったり、、、

『好き』っていう感情は本能なん
 だと思う。好きになった理由や根拠を説明出来るならそれは本気とは言えない。


僕たち人間が、動物たちの愛情に疑う余地がないのは、それが超純粋だから、、、

言い換えると、本能だからなんだと思います。


僕と息子の一致した考えでした。


では、また。




posted by えーる at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月13日

当たり前のこと

最近、「わたし、当たり前のことが出来ない人、ダメ


なんですよ。」、、という女子に出会いました。。



まあ、出会いといっても職場の仲間ですがね。。




まだ、20歳前後の若者です。




いつもきちんと挨拶するので、感心していました。。


で、ちょっと雑談する機会があったので、「そいうい


えば、○○さん、いつもきちんとその人の方を向いて


挨拶してるね。ちゃんとしてるやん、、って思ったよ。」


、、なんてことを伝えると、冒頭のように、「わたし、


当たり前のことが出来ない人、ダメなんですよ。」、、


、という返答が返ってきたので、僕はとても嬉しくなり


ました。。




そして、日を変えて、全く同じことを言った若者に出会


ったのでびっくりしました。。




「まだまだ日本も捨てたもんじゃないなぁ・・。」、、なん


て思いました。。




世の中には正しいことと間違っていることをきちんと教


える大人達がまだまだ存在している、、ということです。




僕自身、そんなに偉そうなことは言えませんが、礼儀


に関することは、人として当たり前というか、、最低限


必要なこと、、、いえ、違いますね、、最も必要なこと


だと思うのです。。




だから、挨拶と返事だけは、相手に失礼のないように、


と子供たちに教え込みました。。




「その人の背中からでもきちんと挨拶しろ」、、と。。




もう、親離れした子供たち、、


僕は信じています。。


そういう教えを、さらに自分たちの子供たちにも教える


ことを。。




では、また。。

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posted by えーる at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月08日

自尊心よりも遥かに大事なものを知れば。。

自尊心を傷つけられた場合、大多数の人は怒りを現わ

にすると思いますが、、


中には、ぐっと我慢する人もいます。。


また、ぐっと我慢している、という素振りも見せず、平静

を装う人もいます。。

内心、腹わたが煮えくり返りそうでも・・。


先日、たまたま他人(2人)の会話を聞いたのですが、、

こんなことを言っていました。。


一方の人が、、

「俺はプライドを傷つけられたら、老若男女を問わず、、

容赦しない、、、場合によっては殺す。」


これを聞いたもう片方の人は、、

「まじ?、、いくらなんでも殺すまではいかないだろ?」

、、と聞き返しましが、、


その人は、、

「いや、本気で殺す、、俺は殺せる。。」

、、と言うのです。。


たまたま耳にした会話でしたが、その「殺す」、と言い

放った彼の語気は強く、、本気のようでした・・。


さらに、聞いていると、、


「俺、女の髪掴んで、ぶん回したことあるし。。」

、、と武勇伝のように語っていました。。


僕は、、「ああ、、この歳になってそんなことを恥とも思

わずに語れるのかぁ、、あかん、こいつ、アウトや・・。」

、、と思いました。。


プライドが高いことが格好良いことだ、、とでも思って

いるのでしょうか・・。

他人に自尊心を傷つけらても、自分に自信があれば

何てことないのに・・。


、、そんなことを思いながら聞いていました。。


殺さなけれが収まらないほどの怒りは、、最愛の人を

殺された時くらいにしか起こらないと思うのですがねぇ。


怒りはあったが、殺す気は無かった、、でも怒りが収ま

らず暴力行為によって殺してしまった・・、、ということは

あるかも知れませんが・・。


自尊心なんて、、自分の子供の幸せに比べたら、比較

にならないくらい取るに足らない、小さなものです。。


、、ということをその人はまだ知らないのですよね。。


自尊心がある、、ということは、大事なことです、、、人

ですからね。。


でも、それを傷つけられてもどっしりと構えてられる自信

も必要です。。


僕は、子供たちの存在によって多くの自信を得ました。。


もちろん、それだけではないです、、子供たちと一緒に

過ごして来た道には、色々な出来事があり、、それらが

僕に自信を与えてくれたのだと思います。。


、、と僕は思っているので、、その人にこう言いました。。


「早く、結婚して子供を育てた方がいいよ。」、、って。。

 
 
では、また。
 
 

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posted by えーる at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月22日

情操教育。。

『情操教育』をウィキペディアで調べると、以下のように記さ


れています。。




「情操教育とは、感情や情緒を育み、創造的で、個性


的な心の働きを豊かにするための教育、および道徳的


な意識や価値観を養うことを目的とした教育の総称。」




また、『情操』の概念も記されており、




情操とは、「高い精神活動に伴って起こる感情、情緒


より知的で安定感があり、持続できる情緒的態度」の


ことを指す。




と記されています。。


続けて、、




具体的には、小中学校の教科における道徳、図工(


美術)、音楽、保健体育などを指し、暗記偏重の教育


とされがちな数学、理科、社会などとは対置される。


総合的な学習の時間での福祉体験や、ボランティア、


地域社会の中での勤労体験学習も、この一環として


理解されていることが多い。また、国語については、


文学作品の鑑賞などにおいて、情操教育の性格を


持つものとみなされる傾向がある。


しかし、「情操教育」という用語は学校教育でしばし


ば用いられるものの、明確な定義が難しいとする見


解もある。




、、と締めくくっています。。

 




一方、、


人間がここまで科学を進歩させたのは、知的好奇心を


持った人(科学者)のおかげです。。




要するに知的な人たちが存在し、、その人たちの努力


があったからこそ、ここまで文明が発達したんだ、、とい


うことです・・。




僕たち人間は、現在、その恩恵を受けて生きています。


例を挙げなくても、周りを見渡せば僕たちが当たり前の


ように使っている日用品の全ては科学の進歩があって


のことですよね。。




このようにブログを書いて、情報を世界に発信出来るの


もそうです。。




一般人が、簡単に情報を手に入れられるようになった


のは科学の発達の賜物です。。




実際に会ったことのない人との情報交換、意見交換に


よって、救われる人がいます。。




でも、その一方で、、、その科学の進歩のせいで傷つく


人たちもいます。。




科学の発達が人間にもたらしたものは、、多くは間違い


なく幸福感に繋がるものなんだ、、と思いますが、、




それによって、、、知らない内に、、いわゆる、、『悪』、、


というものが、僕たちに中に増殖しているのであれば、、




それは、『真の幸福』には決してたどり着かない、偽物


の『幸福感』、、と言わざるを得ません。。

 




情操教育が、知的教育と対置されている、、ということ


が、とても意味のあることだと僕は感じています。。

 




上述で、「感情」、「情緒」、「道徳」、「価値観」、「精神


活動」、などの言葉によって、表現されていることから、


『情操教育』を簡単に言い換えると、、、『心の教育』、、


ということですよね。。

 


僕たちは、科学を進歩させていくことと並行して、人間


としての『心の教育』に力を入れるべきです。。




いや、、並行して、、という程度ではなく、、『心の教育』


を、、もっと重要視してもいいのではないでしょうか、、


、、いや、、、重要視すべきです。。

 


、、なんてことを、、ちょっと考えました。。

 


では、また。



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posted by えーる at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月15日

遅刻って。。

いつも、平気で遅刻してくる人がいます。。

。。といっても、、僕が勤務している会社の人間ではなく、

一定時間、会社に常駐している他社の人なので、遅刻

のことを誰からもとがめられることはないわけです・・。


そんなもんですから、図に乗っているのだと思いますね。


もう、40代半ば辺り、、、と聞いていますから、、「そんな

大人になって、時間を守れないのか・・。」、とすごく残念

です。。


仕事にとりかかると、とても真面目で、丁寧で親切な人

なのですがねぇ。。


ちょっと息抜きで、プライベートな話をしても、ごく普通に

話が出来る人で、冗談も通じるし、、仕事に差し障りの

ないように一日を普通に過ごしているようなのですが、、


『毎日、当たり前のように遅刻している』、、という一点

が目立つために、、とても人間性を下げてしまっている

、、、と僕は思います。


多分、上司がいたら、遅刻することはないでしょうから、

「結局、自分で自分を律することが出来ない人・・。」、、

、、というレッテルを貼られてしまいます。。


仕方なく遅刻をしてしまうことは、誰にもあることですが、

誰にもとがめられないから、毎日、平気で遅刻してくる

精神がすごく醜いです。。


上司がいても、変わらず遅刻して来れたら、見上げた

根性ですがね。。。(笑)。。


大人として、、いえ、、人として、、時間を守ることは、、

挨拶をすることと同じくらい大切なことだと、、僕は思う

のですがねぇ。。


では、また。


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posted by えーる at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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