子育ての終わりとは。。: 道の日記      













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2016年01月30日

子育ての終わりとは。。

親として思うこと

親の責任はいつ解かれるのか。。つまり、子育てはいつ終わるのか。。ってことを、最近考えるようになりました

、、というのも
3人の子供のうち、上2人は社会人になり、まあまあな会社で、まあまあな給料をもらい、一応、それぞれ、これからの人生を考えながら生きて行ってるのが、感じられるようになり、

また、今春から3人目が浪人生活を経て大学生になり、そして、大学での目標も、更にその先も彼の中では決まっているこということで、僕の子育ては終わりに近づいてるんだなぁ。。

って思ったからです

でも、実際、子育てっていつ終わるのか、、って考えると

子育ての目標地点は『親の力を借りることなく生きていける存在にすること』ですから、単純にこのことだけを考えれば、社会に出した時点で子育ては終わることになるはずです

でも、少し深く考えてみました

『親の力を借りることなく生きていく』というのは、経済的な面から言われることが一般的でしょうが、金銭的な支援はある意味で側面でしかありません

確かに、親が子供に出来ることは、子供が大きくなるに従い、出資の比重は大きくなっていくように感じます

大学生で親元から離れて一人暮らしさせている場合がそのいい例ですよね、、

でも、、、親がそういう風に感じてしまうだけ、、あるいは、そう感じたいだけなのではないでしょうか。。

金銭的比重が大きくなる、つまり、『お金を出してやること』が親として出来る子育ての最終段階の行動。。

果たして、そうでしょうか。。


この見解は価値観というか、子どもの育て方、また、その考え方に左右される、ということです

子はある程度大きくなったら、自分の力で自分の世界を広げながら色々経験して、失敗して、反省して、前に進んで行く。。親の力を借りず。。

失敗せずに進んでいくより、失敗から学んで進んでいく方が、人は成長するし、後々に遭遇するであろう困難を解決するスキルと、根性というか、精神を培うことになりますからね

だから、子の成長に伴い、手を掛けることを減らしていくことになる。。

そして、子は『親にサポートしてもらってる』という意識が自然に薄れ、親も『サポートしてる』っていく意識が薄れる

何かあった時だけ助ける。。という感じに。。

この時点での『助ける』というのは、親だから、ということではなく、先人として、、という意味合いが強くなります、、

そういう親離れ子離れが理想形でしょう。。

そして、これは、一つの教育方針です

正解、不正解は、その後に分かることなのかも知れませんね。。

先述の通り、見解は価値観、子どもの育て方、また、その考え方に左右される訳ですからね。。

ただ、一つ言えることは、過保護も、放任も人を育てるいう観点からすると決していいことではない、ということです

僕のとっての生きることの意味の中に、人を育てる、ということがあります

これは、自分を育てることに必ず繋がりますから、僕の生きる意味の大半を占めることになります

自分は死ぬ間際まで成長すると信じてますから

ということで、とりとめのない話題でしたが、

『子育て』というカテゴリーで、子どものことはもちろんですが、僕自身がもう子に伝えることはないな、、お互いに成長したな、、と思える時を、僕の中の『子育て』の終わりとすることにしました

そこで、行き着いたところは、、



長くなったので、続きは次回に。。

では、また。











posted by えーる at 08:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 価値観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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